ヒューム「ベルグソンの芸術論」(1)/藤原 実
 
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こうして、語のシニフィアンとシニフィエとの結びつきがいかなる内的法則性にももとづいてはいないと言い切ったとき、ソシュールは言語表現がその意味作用から独立して存在し得ることの可能性をさえ暗示していたのだった。
…なぜなら、この切断によって、言語記号が意味作用に拘束された不自由な記号であることをやめ、シニフィアンがシニィフィエから解放されて浮遊しはじめる可能性がひらかれたからである

        (塚原史『言葉のアヴァンギャルド―ダダと未来派の20世紀』:講談社現代新書)


また、塚原は、18世紀の王権崩壊は王の権力に根拠を与えていた「神
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