涙の物語/アンテ
 
と潤ったので
彼女は岩のひとつに腰を下ろして長旅の疲れを癒した
ときおり動物の奇妙な鳴き声が聞こえる以外は
滝の音だけが満ちていて
まき上がる水飛沫をぼんやりと眺めていると
なぜあんな風に泣いてばかりだったのか判らなくなった
滝壺の水は澄んでいて深い底まで見通せたが
ごつごつした岩肌があるだけで
生き物の気配はひとつもなかった
この水で全身を清めれば
少しは涙もろさが治るかもしれない
裸になって足からそっと水に入ると
ひんやりと冷たくて
力を抜くと身体が水面に浮かんだ
仰向けになって空を見あげながら
こんな風に静かな気持ちで過ごしたのはいつ以来だろう
どれだけ考えて
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