涙の物語/アンテ
えても思い出せなくて
今からでもまだ間に合うだろうか
見えないなにかに手をのばした瞬間
水面から腕が突き出て彼女の身体を羽交い締めにし
水のなかへ強引に引きずり込んだ
耳もとを気泡の音が無数に行き過ぎ
全身をもみくちゃにされ
必死に抵抗したがまったく歯が立たず
空気の塊が喉から溢れた
腕は彼女の頭部を押さえ込んで
目のなかに指を押し入れ
眼球を強引に二つとも奪い取ってしまった
なにも見えなくなって
懸命に腕を振りまわすと
腕の力がゆるんで彼女は自由になった
必死に水面に浮かび上がると
眼窩にたまった水のせいで焦点があい
ぼんやりと風景をとらえることができた
岩の
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