梅雨入前/佐々宝砂
わたし
春の畑をあるく
やわらかな雨に匂いたつ
赤土
影の淡い腕が
いくほんも突きだして
足首をつかむ
でも
死んだ者のちからはよわい
幽明のあわいに建つあの門が
ぎらりんぎらりんと
眩しくて
ねらい定めることもかなわない
真夏になれば
境目はうすく
すうすうとなるから
そのときにきて
そのときまで
待っている
盆踊りの輪のなかに
あなたの姿があっても
わたしは驚かない
でも
いまはまだ
啓蟄すこし過ぎたばかり
ちいさな地虫のうごきは鈍い
いまはまだ
菜種梅雨
筍梅雨
五月(さつき)さみだれ
木下闇(このしたやみ)
いまはまだまだ
梅雨入前(ついりまえ)
梅雨があけたら
飛んできて
羽音すずやかな蜻蛉になって
光かろやかな蛍になって
すうすうと
ここに
飛んできて
初出 蘭の会月例詩集「境界線」
http://www.hiemalis.org/〜orchid/public/anthology/200403/
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