裏銀座/はらだまさる
岩にしがみつき、柔らかい山肌をトラバースしながら、登山用のストックを駆使して歩く。360℃山に囲まれた、エル・グレコの描いたトレドよりも美しい世界を眺望する。夏の高過ぎる青空を、突き破るように聳える槍の尖端から、声が聴こえてくるようだ。陽射しは強いけれど空気はとても冷たくて、名前も知らない高山植物の匂いが心地良く、ぼくたちはただ、歩いている。熱中症予防の、少し塩味の効いた飴を舐めながら。おばさんがくださった自家製の梅干を噛みながら。日焼け止めを塗りながら。一歩、一歩と、その一歩、一歩に全神経を集中して、死ぬために歩く一歩が生きようとする一歩なのだという、当たり前のことを実感しながら。歩き続ける。十
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