ヒューム「ベルグソンの芸術論」(1)/藤原 実
 
の病弊への解毒矯正剤としての古典主義あるいは客観主義にあったわけで、ものを秩序と均斉において認識するといいかえてもいいでしょう。
 さらにペイターになると<to see a thing as it seems>というか、ものがこちらの印象に映るままに見るというふうに、主客の関係が逆転していくプロセスがあったと思うんです。そしてワイルドに至って、ペイター的な方向が完全に明言化されて、「ものをないように見る」<to see a thing as it is not>というか、ものをその「不在」「非在」の相において見るという逆説にゆきついて、ちょうど180度回ったことになります
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