夏の風/塔野夏子
雨季が明け
浄らかな風吹く夏の午前
こんなときは
あのきらめく湖面と
小さな桟橋に立っていた君の姿を
思いだす
君はかつて歌っていた
約束の地のことを
そんなものは何処にもないと知っていても
夏の彼方に浮かぶ 蜃気楼のように憧れて
いま僕が記憶のなかに見ている
湖面と桟橋と君
僕も其処へ行って
小さな舟を君と漕ぎだせば
何処かへ行けるだろうか
約束の地ではなくとも
それに似た何処かへ……
などという感傷を
夏の風が吹き抜ける
雨季が明けた透明なあかるさの中を
何処までも浄らかに吹いてゆく
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