シークレット(散文詩)/そらの珊瑚
 
コギ)を持つ母の口の端に、笑みのようなものが浮かんでいたのを覚えています。
 母もまた、人生において潰してしまいたい、いや潰されたがっているものを抱えて生きていたのかもしれません。女としての母の姿を私が知ることはこれから先もないと思いますし、知りたいとも思いません。子にとって必要なことは、母の顔だけで充分なのです。

「苺を潰している時の君は、なぜそうも嬉しそうなんだ」
 とあなたは聞くのですか? 潰されたがっているくせに。

 幼稚園のれんげ組だった頃、私が作った粘土細工の薔薇を、わざと潰したK君のことを思い出しました
 せっかく作った薔薇を(とにかくあの頃の私ときたら薔薇ばかり、
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  グループ"散文詩"
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