【批評祭参加作品】近代詩と現代詩の受容の違いについて/岡部淳太郎
れるということだ。それはひとつに抒情詩であり、もうひとつに、出来ることならば夭折詩人であることが望ましい。夭折という物語の中に人々は甘い夢を見て、思う存分自らがイメージする詩の世界に浸ることが出来る。それを具体的な詩人の名前で言うならば、中原中也であり、立原道造であり、宮沢賢治である。逆に、近代詩の範疇に属する詩人であっても、人々がイメージする抒情詩とは異なるモダニズム系の詩人たちや、近代から現代までを股にかけて活躍した長命の詩人たち(特に現代詩の起点とも目される西脇順三郎が好例だろう)に人々が親しむことは少ない。それらの詩人たちは人々がイメージする詩、人々が詩に求めるものから離れたところに位置し
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