ゴキブリ(百蟲譜18)/佐々宝砂
 
人間はいつもゴキブリの飛翔におののく。
りっぱな羽根があるんだから、
ゴキブリにしてみりゃ、
飛ぶのは当たり前なんだが。

ゴキブリ自体は、
単に飛びたいときに飛ぶ。
問題をややこしくするのは、
いつだって人間の側。

たとえば真夏の森で、
月に照らされたクヌギの枝から不意に飛ぶ、
希有な一瞬の光輝もゴキブリ。

着地した姿はやっぱりいつものゴキブリで、
てかてかと脂ぎった羽根は、
悪臭を漂わせてさえいるのだけれど。



(未完詩集『百蟲譜』より)

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