[3]佐々宝砂[2004 11/28 00:20]
わら)ふ


***


 夢

何者か我に命じぬ割り切れぬ數を無限に割りつゞけよと

無限なる循環小數いでてきぬ割れども盡きず恐ろしきまで

無限なる空間を墮ちて行きにけり割り切れぬ數の呪を負ひて

我が聲に驚き覺めぬ冬の夜のネルの寐衣(ねまき)に汗のつめたさ

無限てふことの恐(かし)こさ夢さめてなほ暫(しま)らくを心慄へゐる

この夢は幼き時ゆいくたびかうなされし夢恐ろしき夢

今思(も)へば夢の中にてこの夢を馴染の夢と知れりし如し

ニイチェもかゝる夢見て思ひ得しかつツアラツストラが永劫囘歸

  *  *

むかしわれ翅をもぎける蟋蟀が夢に來りぬ人の言葉(くち)ききて

  *  *

何故(なにゆゑ)か生埋にされ叫べども喚けど呼べど人は來らず

叫べども人は來らず暗闇に足の方(かた)より腐り行く夢


  夢さめて再び寝られぬ時よめる歌

何處(どこ)やらに魚族奴等(いろくづめら)が涙する燻製にほふ夜半は乾きて



                 (筑摩書房版「中島敦全集」2巻より)
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