海の匂い/千波 一也
 

昆布の匂いがする、と

おんなの言うままに
おとこはそっと確かめてみる


漁師町で育ったおんなは
季節ごとの海の匂いを
知っている

おとこは
ただなんとなく海がすき、という
その
曖昧さに恥じらいながら
闇の深い方へと顔を向ける

海の匂いを嗅ぐために

おんなに隠れて
笑むために



  わずかな汗と吐息と潮風

  タバコとガムと微かな香水



狭い車内はいつにも増して狭く
開け放った窓からは
遠く
霧笛が聞こえ来る

どの舟のために
あの霧笛は鳴っていたのだろう



      BGMは覚えていない
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