海の匂い/千波 一也
昆布の匂いがする、と
おんなの言うままに
おとこはそっと確かめてみる
漁師町で育ったおんなは
季節ごとの海の匂いを
知っている
おとこは
ただなんとなく海がすき、という
その
曖昧さに恥じらいながら
闇の深い方へと顔を向ける
海の匂いを嗅ぐために
おんなに隠れて
笑むために
わずかな汗と吐息と潮風
タバコとガムと微かな香水
狭い車内はいつにも増して狭く
開け放った窓からは
遠く
霧笛が聞こえ来る
どの舟のために
あの霧笛は鳴っていたのだろう
BGMは覚えていない
[次のページ]
前 グループ"【きみによむ物語】"
編 削 Point(18)