歓喜の海/佐々宝砂
倒れた陳列棚と
誰にも愛されなかった商品を照らしている
北へ逃げろと誰かが叫ぶ
明滅する帯電した埃を散りばめて
夜空は複雑怪奇な色彩
それを東西に両断する水蒸気の柱
低いうなり声が大気を揺らす
銀色の雨がアスファルトを融かす
ひとの群は南へと移動してゆく
昔の恋人も同級生も
もう見分けがつかなくて
ただ誰もが笑っていて
裸で
幸福で
部屋を片づけてなかったなあと思いながら
私も嬉しくてたまらない
熱くないあかい炎が
私のすべての指先に灯る
なんてきれいなのだろう
これまで私は
こんなにきれいだったことがない
南へ南へと叫ぶのは誰だろ
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