小さな春のタチェット/りゅうのあくび
にか
運ばれていく
クレーンで
宙吊りになって
持ち込まれた
彼女のグランドピアノからは
華やいだ音色が
奏でられて
きっとどこかの運河で
おびただしい桜の花びらが
敷き詰められながら
浮かんでは揺らいでいる
ひとときを想う
散り逝く桜の
花びらが心舞うように
今夜は春の終わりを告げる
幻となって
ピアノの鍵盤からは
澄みきった風の音色がしてくる
新緑に萌える
初夏の前奏曲を聴くのは
いつになるのだろうか
すでに郵便局への転居届けは
近所のポストへと
確かに投函されたはずで
旧住所宛ての
電気料金の明細書が
隣町のこの住まいへと届く
まるで
まだ見知らぬ場所へと
僕と旅立つ前夜の
静かな祈りみたいに
とてもささやかな
春の夜空には
いくつもの灯りが
穏やかに明るく点っている
先日までの家路が
記されていたはずの地図には
小さな春の遠い追憶が
そっと閉じ込められている
前 次 グループ"彼女に捧げる愛と感謝の詩集"
編 削 Point(17)