犬のこと/はるな
と相好を崩す。父がいやがる宝籤にマスクをつけようとするので宝籤がじたばたとあばれている。
犬の、四本の足が、フローリングをたたく音。
たんたたんたんたたんたたんたんたん
はじめて聞いた音だな。と、思っていた。小気味よく、にぎやかで、それでいて邪魔にならない。優しげというのとも違う、騒々しくもないし、なんだろう。
たんたたんたんたたんたたんたんたん
目を閉じて、思い出した。むかし、どこへいてもすぐに眠ってしまう子どもだった。たとえば祝い事とか、親戚の集まりとか、子ども会の催しとか。周囲は知っている人たちで、ちかくに母か父か姉かの誰かはいて、わたしはうとうとと眠たくなりながらも安心して、オールのない小舟に―それも、長い紐でしっかりと岸辺に舫われている小舟に―乗せられたような心地で、ゆっくりとそのにぎわいから、色から、においから、離れてゆくのだ。
宝籤の足音やにおいは、わたしにそういう心地を思わせる。
ずい分なつかしくて、愛おしい心地だ。
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