眼科のこと/はるな
問診票へ書き込む自分の氏名と年齢とに戸惑いながら、何年もこうして眼科へきている。
となりで、何歳くらいなんだろう、女の子がたどたどしく絵本のかな文字を読み上げている。母親の目からあふれ出ているやさしさに、よくまあ窒息しないこと。
(サンタ、クロース、の、りぼん。)
小さな子の光に溶けるように細いかみの毛。
サンタ、クロースの、りぼ、ん。
オーロラ、い、ろの。
(オーロラいろは何いろ?)
(それはねえ、ほらこんなふうに、いろいろに光っている色だよ)
(これ?)
(この空の色のぜえんぶでオーロラ色っていうんだよ)
(ふうん)
眼科に窓はなく、大きなモニタには動物たちのドキュメンタリーが流されている。肉食獣がえものを捕える瞬間の、スーパースローモーションの映像。
チーターにねらわれた鹿みたいな生きものは、逃げて逃げて、足がもつれたのかはずむように転倒し、それでもまだ逃げて、そこから二歩めでもう一度転んで、のど元へ噛みつかれた。
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