遺書(1)/虹村 凌
 
 俺は書きかけの遺書をクシャクシャに丸めて、ゴミ箱の方向へ適当に放った。もう、これで六度目である。今日一日で、六度も遺書を書き直している。今週に入って、七十四回、今月で百八十六回も書き直している。
 特に莫大な財産がある訳でも無く、必要無いと言えば必要無い。自殺する予定でもないのだが、動物とは何時死ぬのかわからぬのである。備えあれば憂い無し、死ぬ前に何かの形で自分の気持ちを、意思を、残しておいて悪い事はあるまい。
 ところで、何故にこうも書き直しているのかと言うと、俺は遺書に完璧性を求めているからだ。遺書とは、その人の最後の言葉であるからして、その人の全てなのである。その人の全てが、そこに
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