ジャノメチョウ(百蟲譜11)/佐々宝砂
 
幼かった私たちは
この蝶をヨツアシチョッチョと呼んだ。
今はもうそんな幼稚な名では呼ばないが。
私たちは誰も大人びた名称を知らなかったのだ。

でも私たちは知っていた。
昆虫は六本脚という教科書の記述を裏切って
茶色いみすぼらしいこの蝶の脚が
一見したところ四本しかないってことを。

また私たちは知っていた。
一生使われず折り畳まれたままの
二本の脚に隠れた願いのことさえも。

でも私たちはもう覚えていない。
幼稚な名が捨てられてゆくように
隠れた願いはあっさりと忘れられる。




(未完詩集『百蟲譜』より)
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