昔、横堀さんというおじいさんと/芳賀梨花子
 
心を許したりするのかなどと。ヒマラヤの麓には石楠花の森があるという。低木ではなく天にむかって幹を太らせ枝を張り大木となった石楠花の森。そこを通り抜ける時、山男は何を思うのだろうとか。生と死。それとも、好日山荘にコッヘルを買いに行った時に見つけた、街路樹の根元、わずかな地面に根付いた一株のたんぽぽみたいな日常。私ならそんなものになんの感慨も寄せない。いつのまにかそういう人間になっていた。

 でも、彼は違う。たとえば、荒涼としたなんにもない岩ばっかりの荒地で一株だけ咲くたんぽぽに巡り合ったなら、お前はどう思うか?とか尋ねるような人だった。いやおうもなく時間は経過する。小雨ぐらいなら傘はささない。
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