蒼茫のとき?死の風景/前田ふむふむ
 
碑銘が無い匿名の黒い家は、
鬱蒼とした死者の森の彼方、
硬直した空気が、滲みこみ、湿った水滴を、
搾り出す大きな欅の木に、背中を凭れて、
かなしく横たわり、
花束を持って歩む、青白い顔をした、
わたしの目的地をしめして、静かに枯れた声を吐く。

     4

わたしは、墓碑に花を供えると、太陽のひかりが、
墓碑とわたしを鋭く裂いていく。
壊れてゆくかなしみ、死する者と生きる者とが、
混ざり合い、生命の安らぎの時を生みだす。
それは、思い出が燃やすときの、妙なる帰還。
死者の森は樹皮の内部から、
柔らかい精気を溢れさせて、
瑞々しいみどりの音素を取りもどす。

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