書く動力13/Dr.Jaco
 
。私はたいてい、横書きのワープロ(ないしワープロ
ソフトの起動したPCの前で背中を丸め、画面に顔を突っ込むような心地で書い
てきたのであるが(今はさほどでもないが)、自分が感じた(ということも定か
でないような)ことを文字に置き換える試みは無声映画の空間なのだ。それはた
とえ「クラクションを聞いた」と書いていても、何の音もしていないのだ。むし
ろ聞いた瞬間のびくっとした体の動きとかがイメージされていたりする。

イメージを相手にする作業は、自分がそこに潜入していくのか、イメージが自分
にまとわりつくのかがはっきりしない、境界的な作業である。よくある話だ。ミ
イラ取りがミイラになる
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