視界が開ける瞬間 ??望月遊馬『海の大公園』について/岡部淳太郎
てくれる」詩集であると書いた。詩集を巻頭から順に読んでいくと、中盤あたりまではまだ語り手の視界は開けていない。「汽船とやぐらはもういらない」と語られる「汽船とやぐら」や「皮膚の海がすきですから」と執拗に繰り返される「むしろ煌いた皮膚に」あたりから次第に感触が変ってくるような気がする。それは語り手が「見えぬ先に見えるもの」に少しずつ近づいていく過程のようにも読める。そして、この詩集の中でももっとも自伝的要素が強く散文性が強いと思われる長詩「あらゆる解体から」をひとつの大きな峠のようにして、最後に置かれた傑作「オウバ蝶」にたどりつく。
{引用=空から美しい生き物達が、次々と降りそそいでくるか
[次のページ]
戻る 編 削 Point(3)