生成する葡萄状の意味?中原紀生「葡萄状連詩」を読む/ななひと
十全に体験するためにはそうした時間への多種なアプローチが必要だ。そうすることによってのみ、各詩句が編み出していく意味―不在を孕んだものとしての存在、眠りとしての存在・記憶、分割された、統御されるものをもたない存在の有り様、言語と写像と物質―こうしたものを有機的に、まさに「葡萄」のような有り様として出現させることができるのだ。葡萄を食べるように読むこと―そうした読書行為がまさにこの詩が主題としている存在の生成とありようの様態そのものにつながっていくのである。
眠りながら歩く男
そして
失われざる あるいは
既に存在し尽くした
フラットアイロン・ホテルにて
これ
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