サハリーニャ/クリ
た。珠恵は震えた。「どうせアッチは…」そう聞こえた。「どうせアッチは…」傷がついたSP盤のように、千代は何度も何度も繰り返していた。珠恵はただ震えるだけだった。
船が出港するとき、人々の声が一時大きくなり、千代の声もかき消され気味になった。が、珠恵にはずっとずっと聞こえていた。港が水平線に没しても聞こえていた。珠恵は彫像のように凍りついていた。動くことがタブーのように感じられた。しかし涙は流れようとしなかった。父親が一言だけ珠恵に言った。「お父さんには、もう無理だったんだよ、珠恵」それは珠恵にも分かっていた。
珠恵が千代のことを思い出して泣いたのは、札幌で初めて布団に寝た家、夢を見
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