或る蟻の葬列/朽木 裕
 
を行きつ戻りつしているうちに
いつからか文字を文字として理解出来なくなっていた。


…慣れ親しんだ者らの顔も注視し続けたなら理解出来なくなるのだろうか。

足の下、椅子の下にひそむ夜の底から遠い記憶が呼び起こされる。



死。
死体。
土気色の寝顔。



否、死に顔。



背の届かない鴨居。
湿った畳。
北枕。
明るいのか暗いのか判然としない部屋。
ぬるい風。
その割にたなびかない線香の煙。
見慣れた襖。
見慣れた蒲団。
見慣れた寝顔。





………否、死に顔。




パイプ椅子が不意にぎし、と軋んだ。

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