未詩ということ/黒川排除 (oldsoup)
 
かけの詩。そういったものは作者の手元にあるのが当然でむやみやたらと見せて回るものではないし公表などはさらにすべきでない。ある人が未詩に対して投げ掛けたコメントを見た時がある。ある人、というのはぼくが思い出せなければ探そうともしないだけであってこれから言う事は決してその人を攻撃するものではない。その人はその未詩に対して、「この詩が完成する時を楽しみにしている」という感じのコメントを寄せていた。それを見た時にぼくははっきりと、未詩とは未完成の詩ではない、と感じた。
 先程も述べたように未詩とは、いずれはその状態へ向かうことを前提とはしているが、実際に向かうかどうかという明確な表現を避けているところに
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