雨期と雨のある記憶/カワグチタケシ
その通りには、いつも強い西風が吹いていた。強い西風に押されて街路樹の銀杏は傾いていた。バス停で次のバスを待ちながら、僕の身体も通りの向こうがわにある街路樹と同じ角度で傾いていた。傾きながら僕も、強い西風に吹かれていた。強い西風があたたかく湿った大気を運んできた。二〇〇六年の雨期が始まった。
通りの向こうの十一階建てのホテルのベランダに非常梯子を納めたステンレスの箱が見える。非常梯子はいつも降りるためだけに使われる。なぜか。煙はいつも空に向かって上るから。煙から逃れるために、人は非常梯子を下る。僕はバスを待ちながら、十一階建てのホテルが失火するさまをイメージする。
そこに音はない。
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