雨期と雨のある記憶/カワグチタケシ
 
い。四階の一室から煙がもれる。客室のカーテンが燃えている。細く開いた窓からのぼる不透明な煙は、煤を伴ってホテルの白い外壁を汚す。窓ガラスが一瞬しなった後、粉々に割れる。ガラスの破片は通りに散乱し、小さな粒が駐車中のワゴンのウインドウにあたる。ガラスを失った窓枠から鮮やかなオレンジ色の炎があがる。

 香港一九九七年。雨季。ガイドブックを持たず、啓徳国際空港のイミグレーションでピックアップした一枚の地図をたよりに、ネーザンロードを南下する。昨日から降りやまない雨。ホリディ・インのフロントで五香港ドルの切手を買う。靴も靴下もびしょぬれで重い。旺角駅の地下コンコースに入ってはじめてそのことに気づく。
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