冬の暦/狸亭
さな一軒がヤーの新居だった。赤い屋根と白い壁の玩具のような2LDK。
パクナムはタピー河に面したスラータニからサムイ島への高速船の発着場や海鮮料理屋などがある町だ。ゆったりと流れる大河タピーは雨季の終りの十分な水量を湛えていた。埠頭の船客待合場は季節外れにもかかわらず軽装の欧米人で賑わっていた。
高速船はタピーの河口からシャム湾に出ると揺れはじめた。このあたりの海では珍しいことだ。船首のデッキに鈴生りになっていた船客たちは高波を浴びて口をきかない。さすがに気持が悪くなってきて吐きそうになる。
父母の非難や妻の恨みや友人たちの嘲笑が呪いの合唱となり激しい波の音に混じって耳を打つ。
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