姿見のうしろの物語/佐々宝砂
 
くてはならなかった。
補陀落はやさしい潮の香りを漂わせて少女を誘った。
少女は鼻を押さえ目を見開いて、
地平線のかなたににじむ赤い線を凝視した。


4.

窓辺に置かれた金魚の鉢は、
梅雨時のしめった空気のせいで
表面にいくつもの冷たい水滴をつけて曇っていた。
私はうとうとと眠ってしまい、
夢のなかでは金魚は
赤いながぐつに赤い傘の幼い男の子に変わっていて、
窓の向こうはどう見ても海のようだった。
目覚めると、
窓のそとではなお雨が降り続いていた。
静かな雨のなかに私は身体を乗り出した。
身体の安定を失って、
ふいっと落ちた。
おちた身体は湿った風にのって
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