姿見のうしろの物語/佐々宝砂
て家を出た。
補陀落があちこちにのぞいていた。
ひとびとは、安らかな表情で、
その青い底なしの水にとびこんでいった。
振り向くと、少女の家も、はや、
補陀落のなかに溶け込もうとしていた。
少女の母はもうとっくに補陀落に身を投げたのだろう。
少女は家に帰りたいとは思わなかった。
遠くかすむ地平線に、かすかに、
赤くうごめく線が見えた。
あれがあたしの補陀落だ。
ううん、補陀落でない。
あれはあたしのあのひとだ。
少女は、歩くことしかできなかった。
食べ物も水ももう必要でないとわかっていた。
あちこちに浮かぶ補陀落を避けて歩くことは難しかったが、
どうしてもそうしなくて
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