岬の家/篠有里
たその時
ノブを握る手に微かに力が入り、あっけなく私は向こう側にいる
寒いのか暑いのか、それともどちらでもないのか
古ぼけた絨毯の色は、いつでもセピアより少し濃い
その中に詰まっているのは多分水よりも濃い「何か」
ほっそりとした女の、その腹は膨らんでいて
肖像の光景 古い絵の具のひび割れの隙間に生息するもの
女は豪奢なレースに包まれた腹にそっと手を当てている
女が身じろぎするたび、それは湿った水音を立てて揺れるだろう
死んだフラスコの底の音 それでも女ならきっと羨むべき「何か」
私の腹には今後とも、そのような予定はないはず
テーブルの上にある かつて御馳走と呼ばれた物
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