桜の園/前田ふむふむ
一千本の咲き乱れる桜の木の、舞踏が繰り返される。
そこから溢れ出る、花弁の洪水のあでやかさ。
男は桜のにおいに溺れながら、身をゆだねていった。
何も振り返らずに、ここに来たのかも知れない。
桜の花の儚さがそれをさせたのか。
諦めることをたやすくするために。
もしかすると、何も知らずに、ここに来たのかも知れない。
桜の花の美しさがそれをさせたのか。
いつも、ずるがしこい季節が仕組んだからくりに騙されているので。
無論、それは世界が始めから周到に準備されていた、
途切れることの無い桜吹雪が舞う楽園のベンチに腰を下ろせば、
花びらの中を男の歴史が一瞬、蜉蝣になって過ぎてゆく
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