九鬼周造著『日本詩の押韻』再読/狸亭
る客観的規範である。両者の間には衝動に 「従ふ」恣意と、理性に「従ふ」自由との相違に似たものがある。自 由詩の自由は恣意に近いものである。律格詩にあっては詩人が韻律を 規定してみづからその制約に従ふところに自律の自由がある。現実に 即して感情の主観に生きようとする自由詩と、現実の合理的超克に自 由の詩境求めようとする律格詩とは、詩の二つの行き方として永久に 対蹠するものであらう。(「押韻の芸術的価値」全集第四巻226頁)
九鬼はこのあと、「新體詩」における最初の論争として、1890年の山田美妙齊と内田不知庵の論争やこれに対する鴎外の言及、芭蕉、泡鳴、万葉の作例を引き、ヴァレリーの言葉や『歌
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