恋愛詩の可能性/岡部淳太郎
で「吃るおれ」とあるが、ところどころに出て来る「とほくに」「すこしく」「たれのものでもない」「エナージー」などといったややこなれていない言い回し、漢字で書いても良いところを平仮名で書いたりするのは、そうした吃音的効果を狙ってのものだろうか。恋愛を、異性を通して自分が変異していくひとつの事件であると捉えるならば、こうした吃音的表現にも納得がいく。これまでの自分が変っていくことへの畏れと異性を求める欲望との間で揺れ動き、人は吃ってしまうのだろう。また、恋愛を宗教的なものと感じる感性も、多くの人が体験しているだろう。自分とは違う他人。それも、性の異なる他人。その他人と深く結びつき合おうとする時、人は宗教
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