仄かな言葉/白石昇
たいと思った。
かれはわたしの頬を何度か指で拭うと、湿ったままの指でわたしの掌に、
《しよう》
と書いた。かれのその提案が、何を意味しているのか、痛いほどに感じ取れた。わたしは頷いた。わたしも同じ事を考えていた。何を、どのようにするのかなんて、考える必要はなかった。
わたしたちがお互いの世界を共有していたしるしを、それぞれの中に刻みつけるためには、もう、する事の他には何も残されてはいなかった。
いつもと同じように四時半に公園でかれと会ってすぐに、わたしたちはかれが停めたらしいタクシーに乗り込んだ。わたしはタクシーの中でかれの手をずっと握っていた。どこに向かっているのか、全
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