仄かな言葉/白石昇
しはかれが振り返るときの風と、遠ざかっていく匂い、手に残ったぬくもりを慈しみながら、かれとおかあさんの間に交わされた会話をあれこれと想像した。
わたしはおかあさんに、かれとどんな話をしたのか訊きたかったが、家に戻っても結局、訊かなかった。
わたしがわたしにしか感じ取れない事があるように、おかあさんとかれが、わたしが感じ取れない世界で言葉を交わしたのだから、それをわざわざわたしが知ろうとすることもないだろう、と思った。
それでもわたしはおかあさんに、
《どうだった、かれ?》
とだけ書いた紙を渡した。おかあさんはしばらく時間をおいてわたしの掌に、
《元気な子ね》
とだけ書いた。
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