仄かな言葉/白石昇
しは、しだいに自分の触覚能力が拡大してゆくのを感じていた。強く接触しても、弱く接触しても、わたしの鼓膜を震わせているはずの空気の振動はもう、わたしの脳に何の信号らしきものも送ってこない。ただ、触った感じだけがそこにあった。
同じ事は嗅覚にも言えた。以前のわたしならば皿に当たるフォークや箸の音によってその皿に載せられている料理がスクランブルエッグか卵焼きかを判断していたが、音声を全く感じなくなった今は、卵焼きに入れられた微かな醤油と砂糖の香りを嗅ぎ分けられるほどだった。
わたしは身の回りのありとあらゆるものを触り、嗅ぐ事によって新しく認識しなおしていった。わたしの皮膚は温度や堅さに敏感に
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