仄かな言葉/白石昇
 
に連れられていった病院らしき場所では、わたしの耳が聴こえなくなった原因ははっきりしないらしかった。たとえはっきりしたとしても、手術とか、施薬とかの即物的な治療を受けることによって完治する、といった種類のものではないだろう。それは何となくだがそういう状況になったわたし自身が一番よくわかっていた。

 わたしは、とりあえずいろいろなものを触ってみることにした。音声に頼ることなく身の回りにあるものを認識できるようになる必要があったからだった。
 机、テレビ、電話器、文具。とにかくありとあらゆるものを、わたしは触り直してみる。
 それは全く新しい感覚だった。音声を感じることがなくなってからわたしは
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