仄かな言葉/白石昇
くことができない音声を発することは、とてもつらい事だった。
わたしを導こうと手を差しのべたおばさんにかぶりを振って、わたしはひとりで店の入口へ向かった。ガラスのドアを引く。そのときわたしは間違いなく近くにいるおかあさんの匂いをつかみ取った。
おそらくはわたしの左側、入口に一番近い席のあたりにいるはずだった。わたしは気づいていないフリをするようにつとめた。それがおかあさんに対する礼儀だと思ったからだった。
駅前の商店街から高等聾学校までの道は単純なものだった。わたしは、昨日までおかあさんやおばさんと歩いて、かなりの曲がるポイントや道端の手がかり、距離感などを、既に頭に入れてしまっ
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