仄かな言葉/白石昇
 
にすぎなかった。

 わたしはゆっくりと道の何処に何があるかをステッキの感触で確認しながら、野田阪神駅まで歩いた。時間がかかるのは承知の上で、いつもより一時間半前に家を出た。おかあさんの気配は、わたしの背後で現れたり消えたりしていたが、わたしは、おかあさんははじめからいないものと考え、今、自分が置かれている状況を把握することに意識を集中させた。

 野田阪神駅に着いてわたしは、まだ朝早く、地面に独特の湿度が感じられない駅の床面を叩きながら券売機に行き着いた。
 点字の案内板を探り当て、鶴橋までの切符を買う。点字に触れた途端、わたしの中から言葉が生じた。わたしはわたしの中にある言葉を呼び起
[次のページ]
戻る   Point(4)