仄かな言葉/白石昇
 
ァルトの地面でステッキを弾ませながらふと思う。まだ小さい頃、週に何度か家に来て、目が見えないわたしに光や色に依存することなく身の回りの状況を知るための技術を教えてくれたその人の顔や名前を、わたしはもう思い出せなくなっていた。
 その人の教えてくれた技術の上では、音声が大きな手がかりだった。しかし、音声を感知することができなくなった今となっては、音でステッキに当たる物体そのものの堅さや素材を把握することはできなくなったが、それはわたしにとってただ、音のかわりにステッキの弾み具合や手元に感じる振動が、わたしがわたしの周りに存在するものすべての状況を知るための重要な手がかりになったというだけのことにす
[次のページ]
戻る   Point(4)