「あ、モリカドダケ!あすこへは僕もちょいちょい出掛けますよ。雪質が馬鹿にいいんです」 「あら、あすこもご存知なの。羨ましいわ。今度はご一緒にね」 会が了って人々が一度に席を立ちはじめた時、私はこのモリカドダケの人を見た。クロワゼエの外套を長めに着た瀟洒な大学生だった。美しい令嬢風のその連れは、彼らの会話の様子からすると、あるいは許婚の相手であったかも知れない。私はこの若い二人の未来の心の幸せのために、知らざるを知らずとする徳を、勇気を、心中ひそかに勧奨せざるを得なかった。