組詩「二宮」/岡部淳太郎
 
ふぬけたことを言う奴もいるのだが

すでに駅前の像もただの風景と成り果てて久しく
あの頃には存在さえしなかった賑わいが町を包んで

俺の後輩たちが
健康な脚で闊歩する
この町はもはや
明るく眠る町である

昭和二十年八月五日

その夢の中でこれらの数字が繰り返されても
長い耳はもはや死に絶え
その意味を解く者は
もう
誰も
いない


?

思い出を巡るのならば
思い出を語ろう
わが親しき
脚の弱った男よ

そう。思い出は常に忘れないために、時々忘れるために、人の中に存在する。さあ、この赤い岩のかげに来たまえ。そして、そこで思う存分、思い出を語
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