組詩「二宮」/岡部淳太郎
 
だ。本当に脚が弱っているのに、舞台の上で、脚が弱いふりを演じつづけなければならないとは。

頑健な男曰く、

これも何かの縁であろうか、などと私は思わぬ。縁(えにし)のために起こるすべての出来事、あるいはそのために起き上がる朝、ありふれたすべての朝を特別なものに感じるほど、私は感傷的ではない。死と同じように、たしかに人は離れるのだ。ただ、それだけのことだ。私に弱い者の気持ちはわからぬ。だが、思い出を巡ろうとする果てのない気持ちはわからぬでもない。私は自らの強さを自覚しながら、多くの父たちが挫折する感傷を、自分のものにしてゆくだけだ。

普通の男曰く、

どうせ人生など
ただ
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