小説 『暗い海』/かのこ
 
何食わぬ顔で避けて歩いていくだろう。だから僕は決して泣き言などはもらさなかった。歯を食いしばり、倒れまいとただ歩いた。けれど、目的地には何もないことも、本当は知っていた。
だから、海に飛び込むことはせず、その日は小さな食堂で食事を取り、家に帰った。

 僕の怖れる笑い声は、波の音にかき消された、その日、僕は夢を見た。
熱く焼けた海岸沿いのアスファルト。大きく湾曲した道を、ピカピカの車で行く。僕はもう僕じゃなかった。例えばその派手な車や、僕の着ているその服や時計などにお金をかける必要があった。何故かと言うと、僕はその存在に意味を持ち、その騒がしい世界から必要とされていたからだ。その日は一人き
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