小説 『暗い海』/かのこ
る。そのよく出来た微笑は、そんな僕に「ヒガイモウソウ。ジイシキカジョウ」と笑っているように思えた。
「おはようございます」と職場の女性が微笑みかける。僕にではない。「おはよう」と僕が返したときには、誰も僕のことなど見てはいない。だけどいつものことだ。気にはならなかった。それどころか、奇妙な笑いさえ込み上げてくる、その異常さを自分もどこかで感じていた。この日も僕は数十人の人間にかこまれて黙々と仕事をする。だけど人間を相手にしているという感覚はまるでなかった。ただ、笑い声が怖かった。
妄想は酷くなっていった。ばかばかしいと否定すれば否定する程に。毎朝6時半に起きて、顔を洗い歯を磨き朝食
[次のページ]
戻る 編 削 Point(3)