俵松シゲジロウの倦怠/みつべえ
 
分を嫌っているわけではないのを確信して、気が晴れてしまったのだ。気がかりな運転手のことも、ひとまず置いておくことにした。
「千秋庵のパーラーでか? いいけど、俺、カネないから、お前のオゴリだぞ」
 そう言うと、コータも勢いよく宙に飛び出した。



 数週間後。
 何十年も続けてきた昨日と同じ朝。
 酒屋のご隠居は店頭のベンチに座って新聞を広げた。
 いい天気である。
 山々の巓付近はまだうっすら白い冠状だが、平野部の雪はあとかたもなく消えた。そこかしこで草花が一斉に芽吹き、大地と空の間に新鮮な土の匂いを充満させていた。
 手首の傷もだいぶ癒えた。出血の割には大し
[次のページ]
戻る   Point(4)