散文詩に梱包されて/岡部淳太郎
ながら、窓口に列をつくつて押し合つてゐる。或る人々は為替を組み入れ、或る人々は遠国への、かなしい電報を打たうとしてゐる。(以下略)
(萩原朔太郎「郵便局」より)}
ここに取り上げた三篇は、いずれも一九二〇年代から一九三〇年代にかけて発表された。日本の近代詩の始まりが島崎藤村の『若菜集』(一八九七年)に端を発することはいまや定説になっているが、そこから数えて三〜四十年で、日本の詩が大きな変化を遂げたことは、これらの三篇からも容易に見て取れる。いまだ短歌ふうの五七調のリズムに支配されていた新体詩に比べれば、これらの散文詩は何とモダンなことか。
海外の、特にフランス語の詩の世界では、既
[次のページ]
戻る 編 削 Point(18)