鱗坂/岡部淳太郎
 
たすら坂道を歩いた。少年は、彼は遠い昔に母を亡くしているのだが、振り返る暇もない生の未熟さの中で、彼は路上に散らばる鱗を、一枚一枚丁寧に拾い集めていった。新しく作り出される伝説。あるいは迷信。波の静けさを遠いことのように感じながら、少年は母を思って鱗を拾いつづけた。



鱗を千枚集めれば
お母さんが帰って来るんだよ
本当だよ
鱗を千枚集めれば
死んだ人が戻って来るんだよ
本当だよ



少年の父は長い漁に出て、いまだ戻らなかった。あるいは四年に一度の、この奇蹟のような嵐の中で、父の乗る船も一枚の木の葉のように沈んだのかもしれない。岬の奥の村に住む人びとは乾いた眼差し
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